米子 ...2006/07/03 (Mon) 01:13
庚が帰郷の為に乗船したのは長距離の旅客船。 サウスシティから北北東へ、やっと船の上の感覚に慣れてきた頃、燃料補給に途中で停船するその場所からが、庚の郷への本当の帰り道だった。そこの港街の外れで、迎えの者と落ち合うのだが、まだその者の姿は見えない。 庚は近くの喫茶店に入り、しばらく時間を潰す。 ここまで来ると、レミット島に住む人達とも微妙に生活文化が違うことが分かった。 店の造りや人の服装。メニューに書いてある料理。 庚はふと、ある事に気が付いて、くすりと笑った。 。oO(郷を出てこなかったらあたしは・・こんなにそれぞれの人の生活環境が違うことを、知らなかったのかもしれない) 窓の外を見ると、どうやら数分遅れただけのようだった。 待ち合わせの場所に人影が見える。 庚は注文することなく店を出た。 「ごめんね。また来るから・・・」 不審がる店員の視線から逃れるように、人が待つ場所まで走る。 人影の人物は、庚に気が付くと少し目を瞬かせてから、ふ深々と一礼した。 「おお・・庚様、ご無沙汰しております。 何だか、雰囲気がお変わりになったかな・・?」 「“何だか”?“雰囲気”ぃ?」 じとり、とわざとらしく睨んでみれば、額に角を生やした、穏やかそうな老人が、こちらもわざとらしく肩を竦めた。 「おお・・こわい、こわい・・。庚様の強気な性格は変わりないようじゃ」 「ふふん、その方が張り合いがあるってもんでしょ」 何とでも言えるけど。庚自身がそう思いながら言った。 しかし老人は嬉しそうに目を細めて答える。 「その通りで御座いますな。私も元気そうな庚様の姿が見れて嬉しいですよ。 ―これから争うことになるであろう人間達も、同族も・・・ 皆、さぞやお喜びになることでしょう」 最後は誰ともなく、皮肉を込めたように、悲しそうな表情で。 「・・・・。状況は、ひどいの?」 「・・そうですな・・・・。それは船上で話しましょうか。決して乗り心地の良い船ではありませんが・・」 「大丈夫よ。鍛えてきたし」 庚が不適に笑うのに、老人も少し表情を明るくした。 「さ・・・では参りましょう。この街で見るものは御座いませんか?」 「無いわ。ゆっくり観光するのはまた今度、訪れた時でいい」 「次・・・・ ですか」 「来るわよ。もちろん、全てを終えてから」 「ははは、なんと心強いことか!」 老人は笑っていたが、その声はまだ庚を信用し切れていなかった。 。oO(女一人、政治の輪に入れるのに不安が無いわけがないっか・・) 郷の政策は男達で行われていた。庚のように、強くなりたいと外に飛び出す者は滅多にいない。 聞こえないようにふぅと溜息をついて、老人の後について行く。 案内された船は大きいとも、綺麗とも言い難いものだったが、秘境扱いとされる故郷に戻るのには、その自然に馴染む古さと、小ささが適等だった。 「さあ、お乗換え下さい」 「うん」
続き ...2006/07/03 (Mon) 01:13
「・・・?」 「庚様」 「どうしたの?」 乗り込もうとして、手を引かれた状態のまま止まる。 「私はまだ・・庚様がこれからなさろうとしていることが正しいのか、まだ分かりません。 貴女様の力も図りかねます。」 「・・・そうね」 「しかし・・・」 「・・・」 「庚様は、本当にお美しくなられた」 「・・・は?な、なに・・・」 「立派に、なられた。取り巻く気の違いを感じますぞ」 「そ―そう?」 そんなに真っ直ぐに言われたらさすがに照れてしまう。 顔を逸らそうとしたところで、それを言葉に止められた。「庚様のいなかった4年間で、私達の故郷は何も変わっていない」 「・・・」 「酷くなってもいない。でも、良くもならない。 ですから、貴女に託すしかない」 決断を迫られているのだと。我々鬼も、人間も。 老人は言った。 だけども動かない。 状況は動かないのだ。 どちらかに転ぶしかなくて、その決断を・・ 「私達は貴女に任せたいと思っています」 「・・・・。あたし、結構前になるけど・・1度帰ったのよね」 「それは・・知りませんでした」 「なにも変わっていなかった」 「はあ・・そうでしょう」 「ううん、その時は、あたしが変わっていなかったんだと思うの」 「・・・すると?」 「今はもう、分かる気がする。人がなにを望んでいるのか。 種族は違くても・・・それは一緒なんだって、分かったから。」 「そうですか」 「みんなを転ばせるんじゃない、導くのが、これから4年間で済ませなきゃいけない、あたしの仕事」 「4年間?」 「ふふ・・・まあ、それで終わらせなきゃ、あたし攫われちゃうから」 「???」 庚お得意の、意地悪そうな笑みを老人に向ける。 「自分の足で、また外の世界に出向けるように頑張るわ」 庚は老人の手をしっかりと掴んだまま、自分の力で船に乗り込んだ。
続き ...2006/07/03 (Mon) 01:14
「・・・・」 老人はなにを感じたのか、真剣な眼差しで船内に入っていく庚の後ろ姿を見送ると、近くにかけてあったボロマントを深く被る。 「庚様は・・・一体、どんな豊かな文化に触れ、人に接してきたのだろう」 初めて庚に会った時は、自我の強い、好奇心が旺盛でいらぬことに足を突っ込む。 その割りに常識のいまいち分からない子生意気な娘だったのだが・・・。 「さすが父親の血を引いている・・・」 いや、言いかけて首を振る。 「あの子自身で、身に付けたものなのだろう」潮風に乗せられて、微かに故郷の香りがした。
|